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時計に金をかけろ

今売りの、どのファッション誌でもこぞって特集されているのが、毎年恒例の世界最大の時計・宝飾の見本市である「バーゼルワールド」。そこで公開される新作の中には、家が買えるほど高額なものがある。それらが年々増えている気がするが、一体だれが買っているのだろうかといつも思う。

そもそも時計の価値は、トゥールビヨン(機械式時計の機構)や材質で決まるそうだが、よっぽどのマニアでない限り、その違いを指摘できる訳もなく、自分を含む、大半の人がそのブランドと見た目で選んでいるはず。それは、車も同じ。特に、時計で4ケタ万円のものと3ケタ万円のものの違いは、どこにあるのだろうか。美術品や工芸品としての価値があるものがたいはんなのだろうか。

若かりしころは誰もがブランドものの時計に憧れる。また、時計と靴だけはいいものを身につけよと、よく先輩にいわれた。

ご他聞にもれず、自分も大学時代のアルバイト先の、少し年上の同僚女性がしていたロレックスシードウェラーが猛烈に欲しくてたまらなかった。当時、40〜50万円くらいだったと思う。社会人になって小金を手にしてから、ロレックス、IWCパネライと腕にはめてきた。しかし、20代でそれらを手に入れたときはうれしい半面、実際、腕にはめて街に出たとき、なぜかこっぱずかしかった。身分不相応だと自分でもわかっていたからだろう。

アラフォーの今、たまたまバーゼルの記事を見て、それらをほとんどしていないことに気がついた。その理由を考えたところ、一つは、重いから。二つめは、なんとなく気軽にできないから。それと、なにより大きいのが、手に入れる前の欲求と興奮が手にした瞬間にしぼみ始め、今ではなんとも思わなくなったからだ。ものすごくもったいないことだが、欲望とはそんなものだろう。

そんな今は、カシオのデジタルウォッチとベルトを替えたラドーのダイアスターを、ローテーションでつけている。

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そして今日、たまたま読んでいた週刊誌で、こんな記事を見つけた。ハードボイルド小説で知られる作家の大沢在昌さんが、ふだん身についているものとして、時計が2本紹介されていた。そのイメージと売れっ子作家ということで、さぞかしもの凄いものをしているのだろうなと想像していた。ところが、実際に大沢さんがしているのは、20年前に人からもらったスウォッチと、3年前に2000円で買ったカシオのデジタルウォッチだという。その訳は、機能的で気に入っているというのと、「物は失くしたり壊れるものだから、あまりお金をかけない」というポリシーからだとのこと。この記事を読んで、これこそ、本物の大人の姿ではないかと好感をもってしまった。たまたまだろうが、大沢在昌が“ノームコア〟というのも、そのギャップからしておもしろい。

人は金を手にすると、とりあえずモノに走りがちだが、そんな人ばかりではないのだろう。というか、大沢さんの場合は高価なものを味わい尽くしてきたのだろうと推察される。

ここまで読み返すと、いい年して高価な時計をこれみよがしにしてる成金はアホだと言わんばかりだが、そうではない。もちろん、いいものを身につけることは悪いことではないと思っている。むしろ、若ければ若いほど、そういうものを手にしたほうがいいと思っている。。

ほかにも、こんな人もいた。フィリピンのビール会社、サンミゲルのアン社長は、数々の改革をなしとげ、サンミゲルを超優良企業にした人物。そんな彼がしている時計は、2万円ほどのセイコーとのこと。これを何本も所有していて、時計をほめられるたびに、人にあげているとのこと。要は人たらしのようだ。こういった人を見つけると、世間でそれなりの評価をされている人がいい意味でギャップのある振る舞いをしていることが、とてもステキに思えるようになってしまったのだ。

http://www.bloomberg.co.jp/news/123-LTKYUN07SXKX01.html

その昔、アメリカ大統領時代のクリントンさんが、タイメックスの時計をしていて、流行ったことがあった。今ならソフトバンクの孫さんあたりが、セイコー5でも愛用してたら、とても流行る気がする。